今後の方針を決めたところで、風景が変わる。【10月10日(日)朝/自室】(日付が変わって、日曜日になってる)穂香がベッドから起き上がると、ベッド脇にレンがいた。「えっ? お、おはよう。休日の朝に制服姿で何してるの?」レンはポケットから紙切れを取り出す。「昨日したおまじないの紙を、校内に埋めていません」「言われてみれば」夢を見たあと、紙を校内のどこかに埋めてこのおまじないは完了する。レンに「念のために埋めに行きませんか?」と誘われ、穂香は頷いた。【同日 朝/学校】制服姿になった穂香は、レンと共に校内にいた。「日曜日なのに、よく入れたね」「文化祭の準備のために、私達以外にも生徒が学校に来ているみたいですね」日曜日の校内は、人の気配がなく静まり返っている。「どこに紙を埋めようか? 前は体育館裏で先生に見つかったから、別の場所がいいよね?」「そうですね。早朝のせいか、クラブ活動をしている人もいませんし、校庭に出てみましょう」そんなことを話しながら歩いていると、廊下の角でバッタリと生徒会長に出会った。生徒会長は、黄色の瞳で穂香を見つめながら「あっ、君は……」とつぶやく。そして、レンを見たあとに「友達できたんだね」と微笑んだ。穂香は以前、生徒会長と体育館裏で会ったとき、『友達がいなくて教室に居づらい』と相談したことを思い出す。(生徒会長、あのときのことを覚えてくれてたんだ)優しさに感動していると、生徒会長が分厚いファイルを持っていることに気がついた。そのファイルから、紙が一枚落ちてくる。「あっ、落ちましたよ」とっさにしゃがみ込んだ穂香と、紙を拾おうとした生徒会長の手が重なった。(わっ、少女マンガのイベントみたいなことになってしまっている!)「穂香さん、危ない!」戸惑っていた穂香を突き飛ばすようにレンが覆いかぶさった。ガシャンと何かが割れる音がする。「え? 何?」穂香の目に映ったのは、割れた窓ガラスと、飛び散ったガラスの破片。そして、転がる野球ボール。生徒会長が「二人とも大丈夫⁉」とあせっている。(レンが突き飛ばしてくれなかったら、あの野球ボールが私に当たっていたかもしれない。当たらなくても、ガラス片でケガをしていたかも……)レンは、ずれてしまったメガネを直しながら私を見た。「私は大丈夫ですが、穂香さんは?」「私
【同日 夜/自室】穂香は目の前に浮かんだ文字を見て叫んだ。「えっ、何もないまま、もう夜になっちゃったってこと⁉」部屋の中を見回してもレンの姿は見えない。(たぶん、あのあと学校で何も恋愛イベントが起こらなかったから、ここまで飛ばされちゃったんだ……)このままレンとの恋愛が進まなければ、やり直しをさせられてしまう。おまじないの怖さより、延々と同じ時間をループさせられるほうがよっぽど怖い。穂香は、いそいそとおまじないの紙を取り出した。(おまじないで本当に恋が叶うかどうかはさておき、夢の中は、監視されていないレンと作戦会議ができる貴重な時間だからね)準備を整え、穂香はベッドに潜り込む。目を閉じると、すぐに眠りへと落ちていった。*夢の中では、いつもと同じようにメガネをかけていないレンが佇んでいた。真剣な表情で、自分の手を見つめている。「レン、どうしたの?」穂香に声をかけられて、レンは我に返ったような仕草をした。「穂香さんも来ましたか」「うん、まぁ。監視されずに話せる場所ってここしかないんだよね?」「そのことなのですが、未来の監視に、最近不具合が起きています」「不具合?」「バグ、とでもいうのでしょうか? ここ最近、未来から『監視映像に雑音が混ざったり、映像が乱れたりすることがある』という報告を受けていまして。これは、今までの実験では1度もなかったことです」「実験……。そういえば、人類の破滅を回避するために、未来人のレン達はいろいろ実験をしてきたって言ってたね」そこで、穂香は違和感を覚えた。「ん? あれ? 前にさ、私の結婚相手が問題だから、いろいろ変えてみたって話をしてたよね? それって、どうやって実験してたの?」レンの視線が戸惑うように泳いだのを、穂香は見逃がさない。「レン、何か隠してる? 私達は仲間なんだから、協力しようよ」深いため息が聞こえてくる。「……そうですね。実は、今まで穂香さんは、何度も失敗してこの世界でループをくり返しているんです。記憶が残ったままのときもあれば、記憶がリセットされてやり直している場合もあります」「え、こわっ。ということは、今が1回目じゃなかったんだ……」言われてみれば、レンは『穂香さんの今回の恋愛相手は――』など、言葉の端々でそのことをほのめかせていた。(レンが必死になるのは当たり前だ……。
【10月11日(月)朝/自室】「びっっくりしたぁ!」穂香は、まだドキドキいっている胸を手で押さえる。(そっか、そういうことをしたら、手っ取り早くレンは雑菌まみれになれるんだ)至近距離のレンを思い出してしまい、頬が熱くなる。なんだかジッとしていられなくて、ベッドから下りると風景が変わった。【同日 朝/通学路】いつの間にか制服に着替えた穂香は、レンと並んで登校している。気まずくて、なんとなくレンの顔を見ることができない。「私達に、あの方法は無理でしょ……」「どの方法ですか?」レンに尋ねられて、穂香の頬は赤く染まる。「どのって、その、キス的な?」「穂香さん、顔が真っ赤ですよ」「誰のせいだと思って……って、レンはどうしてそんなに平気なの!?」少し前まで恋愛初心者同士でオロオロしていたのに、今のレンは涼しい顔をしている。「平気というか科学者として、研究の一環だと思えば、なんでもできます」「こ、この研究バカめ……。乙女の唇をなんだと思ってるの? 自分だけ余裕ぶってずるい!」「ずるいってなんですか? ずるいって」クスッと笑ったレンは、楽しそうだ。「こうなったら、文化祭デートで私に惚れさせて、レンの余裕をなくさせるから!」「まぁ、頑張ってくださいね」そんなことを言い合っているうちに、校門にたどり着く。いつもは開いている門が、今日は閉まっていた。「あれ? 今日お休みじゃないよね?」穂香の問いに、レンは微笑む。「安心してください。いつもより早い時間にあなたを迎えに行ったんですよ。だから、学校が開くより前に着いただけです」「なんのために?」「もちろん、昨日穂香さんが見た怪しい女生徒を探すためです」「そういえば、そんなこともあったね……」キスしそうになった衝撃が強すぎて、すっかり忘れていた。「どうやって見つけるつもりなの?」「穂香さんがいれば、すぐに見つかりますよ」閉まった門の前でしばらく待っていると、真っ青な髪が見えた。こちらに近づいてきた松凪先生が門を開けてくれる。「お前達、いくらなんでも来るの早すぎだろ」青い瞳は、驚きで見開かれていた。レンは「少し用事がありまして」と言いながら門をくぐる。いつもならすぐに教室に向かうが、レンは門の付近から動こうとしない。穂香は、そんなレンの耳元で囁いた。「ここで何をするつもりなの?
時間が経つにつれ、周囲が騒がしくなってきた。穂香には姿が見えないが、登校する生徒の数が増えていっているようだ。穂香は、こそっとレンに話しかけた。「さっきの穴織くんと一緒にいる不思議なおじいさんの声、レンには聞こえてないんだよね?」レンは静かにうなずく。「どうして、私にだけ聞こえるんだろう?」「今は詳しい説明はできませんが、この世界はあなたが恋愛しやすいように作られていますからね」(そこまでしてもらって誰とも恋愛できず、何回もやり直しをさせられているらしい私って……)自分が情けなくなりながらも、穂香は昨日の女生徒を探した。辺りが一段とさわがしくなったとき、金髪の生徒会長が現れる。以前、見かけたときと同じように、なかなか前に進めずフラフラしているので、また女生徒に囲まれているようだ。(もしかしたら、生徒会長のファンなのかなって思ったけど……いない)生徒会長を取り囲んでいる人達の姿は、穂香には見えない。そのとき、生徒会長の横を通り過ぎ、校門に入った女生徒がいた。(黒髪!)野球ボールで窓ガラスが割れたときに、チラッと見た女生徒も黒髪だった。穂香は、隣にいるレンの制服の袖を引っ張る。「あの子、あの子だけ見える!」こそっと伝えると、レンはうなずいた。「あとをつけましょう」「えっ、大丈夫?」歩き出したレンは、「大丈夫です。何かあっても、一番初めの朝からやり直すだけですから」と淡々としている。(やり直すだけ……)これまでは、『そうだね』と明るく言えた。でも、やり直すたびに自分の記憶が消されていると知ってしまった今は複雑だ。(記憶を消されるなんて怖い。それに、今までレンとすごした日々も全部忘れちゃうんだよね? レンは、いつもどんな気持ちで私に『初めまして』って言ってたんだろう)なぜだか胸がぎゅっと締めつけられるように痛む。黒髪の女生徒は、教室には向かわず人目を避けるように体育館裏へと歩いて行った。キョロキョロと辺りを見回したあと、しゃがみこんで、何かを始める。(こんなところで何を?)ふと、穂香は、自分がおまじないの紙を埋めたときのことを思い出した。しばらくすると、女生徒はその場から走り去る。彼女の後ろ姿が見えなくなってから、レンと共に女生徒がいた場所に近づいていくと、土を彫ったあとがあった。レンが彫り返す。出てきたのは紙切れだった。
【同日 朝/教室】(あっ、教室まで飛ばされてる)穂香とレンは着席していて、教壇には、松凪先生がダルそうに立っていた。「静かにしろー。今から文化祭について話し合う。実行委員の穴織と白川、あとは任せた」(えっ? 私、これから何をするか知らないんだけど⁉)困った穂香が穴織を見ると、「俺がやるから、白川さんは横にいるだけでええで」と爽やかに笑う。(助かる……けど、情報共有はしてほしいよ、穴織くん!)複雑な思いのまま穂香は穴織のあとに続き、教室の前のほうに行く。目立つことは大嫌いだったが、この世界の仕様で穂香には、レンと、先生、穴織の姿しか見えないのであまり気にならない。(おかしな世界だけど、こういうときは便利かも)穴織は、「そういうわけで、今から文化祭のクラスの出し物を決めるでー。俺がまとめたプリントを配るから、みんな見てや」と紙を配る。プリントは穴織の手書きで書かれていて、驚くほど字が綺麗だった。名家の御曹司という隠し設定に、穂香は納得してしまう。話し合いはサクサクと進み、出し物の案が出そろった。穴織が読み上げる。「はいはい。おばけ屋敷に、メイド喫茶に、展示、劇やね。けっこういろいろ出たなぁ、こんなもんかな? じゃあ、この4つでどれにするか、全員に投票してもらうで」穴織のおかげで、少しももめることなく、クラスの出し物が『お化け屋敷』に決まった。「そんなわけで、うちのクラスは、お化け屋敷をすることになったで。詳細は、また明日決めるからよろしく」松凪先生は「お化け屋敷か。楽しそうだな」と以外に乗り気だ。席に戻る途中で、穂香は穴織に声をかけられた。「白川さん、お疲れさん。放課後、時間ある?」「うん、大丈夫」「良かった。放課後また打ち合わせしよ」「じゃあ、レンには先に帰ってもらうね」穴織は、そっと穂香に顔を近づける。「いやいや、せっかくの男手。ここは帰さず、ありがたく使わせてもらおうや」悪そうな顔をする穴織。「それって、レンにも手伝ってもらってこと?」「そうそう!」「大丈夫かな……」チラッとレンを見ると、ものすごく不機嫌そうな顔をしていた。(うわっ、機嫌わるそー)穂香が席に着くと、また風景が変わる。【同日 昼/教室】(お昼休みまで飛ばされたのはいいけど……)机を向かい合わせにしたレンは、まだ不機嫌だった。(こん
レンの機嫌が直ったところで、風景が変わる。【同日 放課後/教室】(今度は、昼休みから放課後に飛ばされてる)教室には、穂香とレン、穴織だけが残っていた。穴織は、「お化け屋敷の準備って、具体的には何をしたらええんやろうな」と言いながら、器用にシャーペンを指で回す。「さぁ何するんだろうね?」穂香の答えにレンが呆れた顔をした「この時代、こういうときはスマホで調べるんじゃないですか?」「そっか。調べてみるね」調べた結果、お化けに変装するための衣装や小道具、段ボールや黒い布など、いろいろ書かれている。「赤い絵の具で壁に手形をたくさんつけても雰囲気が出るって」穂香の話を聞いている穴織は、興味深そうだ。「へー、こんなんが怖いんや。なんかよく分からんわ」(まぁ、本物の化け物と戦ってる穴織くんは、偽物のお化けなんて怖くないよね。あっ、だから、この場に私が呼ばれているのかも? 普通の人の意見が知りたい、とか?)一通りお化け屋敷の作り方を調べると、それを穴織はプリントに書き込んでいく。「穴織くん、何書いてるの?」「これな、文化祭でやることをまとめて、生徒会に提出しなアカンねん」言われてみれば、文化祭実行委員の集まりで、説明があったような気がする。穴織は、手を動かしながら「段ボールをどっかにもらいに行かなアカンな」とつぶやいた。それを聞いた穂香は、すぐにスマホで調べる。「段ボールは、スーパーやドラッグストアで貰えるみたいだよ」「せやったら、レンレン一緒に貰いに行こーや」「どうして私が」嫌そうな顔をするレンに、穴織は爽やかに微笑みかけた。「俺一人やったらそんなに持たれへんやん! 白川さんに運んでもらうのは、なんか悪いし」「二人でもそんなに変わりませんよ。明日、クラス全員に頼んだほうがいいと思います」「そっか。じゃあ、そうするわー」そんなやりとりを見た穂香は、『レンって、なんだかんだいいながら面倒見がいいよね』と微笑ましくなる。そのとき、胸ポケット辺りから、シワがれた声がした。(この声は、レンには聞こえないけど、なぜか私には聞こえる『話せる武器』のおじいさん!)本来なら聞こえないはずなので、穂香も聞こえていない振りをする。『おい、涼。さっさと呪いのことを聞かんか!』「あっ」穴織は、うっかり忘れていたというような顔をした。「そういえ
穂香の目の前に文字が現れる。【同日 放課後/生徒会室?】(生徒会室のあとに「?」がついてる……。そういえば、前に穴織くんが化け物退治していたときも、場所が「???」になっていたような? もしかしたら、扉が開かないのは化け物の仕業かもしれない)そうだとしたら、どれほど力を込めてもこの扉は開かない。穂香は、廊下にいるレンに声をかけた。「レン、穴織くんをここに連れてきてほしい」「分かりました」すぐにレンの足音が遠ざかっていく。生徒会長に「あなおりくんって?」と尋ねられたので、穂香は「あ、えっと、同じクラスの男子で、すごく力が強いんです」と誤魔化す。「そう。じゃあ、その子が来るまで待ってみようか」穂香が改めて室内を見回すと、生徒会室は教室を半分に切ったような広さだった。勉強机の代わりに、折り畳み式の長机と、パイプ椅子が数脚置かれている。「あの、こんなときに、申し訳ないんですが……」穂香は手に持っていたプリントを、生徒会長に見せた。「文化祭実行委員の白川です。提出プリントを持って来ました」「ありがとう。不備がないか確認するね」王子様スマイルが眩しいくらいに輝いている。穂香にパイプ椅子に座るよう勧めてから、生徒会長は、その場でプリントに目を通した。「うん、問題ない」「ありがとうございます」それきり会話がなくなってしまう。(どうしよう。仲良くない人と何を話したらいいのか、分からない……)必死に会話を探した結果、穂香は先ほどの生徒会長の言葉を思い出した。「そういえば、さっき『君を巻き込んでしまったみたい』的なことを言ってましたよね? あれは、一体?」生徒会長の顔が、目に見えて強張る。「うん……ちょっとね」(聞いてはいけないことだったみたい)気まずい空気に耐え切れず、穂香は話題を変えた。「生徒会長以外の役員さんは、いないんですね」生徒会長の表情がサッと曇る。(はっ!? しまった、私にはモブキャラが見えないんだった! もし、この生徒会室に他の役員がいたら、私、ものすごくおかしな発言をしたことに……?)青ざめる穂香に、生徒会長は困ったような笑みを向けた。「うん、皆それぞれ忙しくてね。今日は僕一人だよ」「そ、そうなんですね!」(良かった。たまたま他の役員は、いなかったみたい)長テーブルの上には、大量のプリントが積み上げられ
最近、不思議なことが立て続けに起こっているという生徒会長の表情は暗い。「他の生徒会メンバーも、人がいないのに視線を感じたり、誰かに追いかけられたりしたようなんだ。だから、生徒会メンバーには、生徒会に近づかないようにお願いしていて……」「なるほど。そういう事情があったから会長は、一人で生徒会の仕事をしていたんですね」「みんな、『手伝う』と言ってくれるけど、またおかしな目に遭ったら困るからね」穂香はふと、人気者の生徒会長が、なぜか体育館裏で隠れるようにお弁当を食べていたことを思い出した。「もしかして、体育館裏でお弁当を食べていたのも?」「うん。家の者がいつも多めにお弁当を作ってくれるから、それまでは、友達と一緒に食べていたんだけど、僕と一緒にいて、その子達もおかしな目に遭ったら困るから」「人を避けるしかなかったと……。ん? あれ?」穂香はふと、生徒会長が女生徒に囲まれていたことを思い出す。もし、生徒会長の側にいるだけで危ない目に遭うのなら、彼女達も危ない目に遭っていないとおかしい。「生徒会長。もう少し詳しくお話を聞いてもいいですか?」質問を続けた結果、ある法則が見えてきた。「えっと、話をまとめるとおかしな目にあった生徒会のメンバーは女子だけで、男子は被害に遭っていない。一緒にお弁当を食べていたメンバーは、男子だけで、彼らもまだ被害に遭ってないということですね?」「そうだね」「それって、被害に遭うのは女子限定なのでは?」「被害に遭う前に僕が避けただけだと思っていたけど、言われてみれば……そうかもしれない」悩む生徒会長は、それだけで絵になっている。「ということは、おかしなことが起こる条件って【女生徒から生徒会長にふれる】じゃないですか?」少なくとも穂香が巻き込まれたときは、両方ともそうだった。「そう、だね?」それまで暗かった生徒会長の表情が目に見えて明るくなる。「そうかもしれない! でも、じゃあ、どうして女生徒限定なんだろう?」「えっと、それは……」何も証拠がないので『あなたのクラスメイトの女子が怪しいです』とは言えない。「その、生徒会長は、女の幽霊に憑りつかれている、とか?」苦しい説明だったが、生徒会長は納得できたようだ。「そうか、そうかも! ありがとう白川さん」穂香に向けられた黄色の瞳がキラキラと輝いている。「い、い
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん
【同日 昼休み/教室】(朝の教室から、お昼休みの教室に飛ばされてる)穂香が教室内を見回すと、穴織が分かりやすく悩んでいた。いつもニコニコしている顔から笑顔が消えるだけで、だいぶ雰囲気が変わる。少し伏せられた瞳は切れ長で、その横顔は冷たそうだ。(さすが元無表情クールキャラって感じ)「穴織くん、難しい顔してどうしたの?」穂香の声で我に返った穴織は、すぐにいつもの笑みを浮かべた。「あ、白川さん……ちょうど、良かった……」ちょうど良かったと言うわりには、綺麗な赤い瞳が泳いでいる。穴織の制服の胸ポケットが淡く光り、話す武器の声が聞こえてきた。『涼(りょう)、何をためらっておる?』そのとたんに、穴織は胸ポケットを手で押さえる。(教室で急におじいさんの声が聞こえても、騒ぎになってないってことは、この声、普通の人には聞こえていないんだね)「白川さん。文化祭のことで話があるねんけど、ちょっといいかな?」穴織に手招きされ、穂香は一緒に廊下に出た。「白川さん、これ知ってる?」穴織が持っている紙は、たった今、穂香がレンからもらったおまじないの紙と同じだった。「あっそれ、女子の間で流行っている、おまじないに使う紙だよね?」「そう! 白川さんって……これやったことある?」「ううん、ないよ」穴織の胸
真っ赤な顔の穴織は、「白川さん。ちょっとそこで待っててくれる?」と言いながら、通路の角に駆けていった。しばらくすると、穂香の耳元に穴織の声が聞こえてくる。(え? この距離で声が聞こえるっておかしくない?)もしかすると、恋愛ゲームをうまく進められるように、ひそひそ話が聞こえるようになっているのかもしれない。穂香は、心の中で『穴織くん、立ち聞きしてごめん!』と謝った。「ジジィ、おいジジィ!」『朝からうるさいのぉ』穴織が『ジジィ』と呼んでいるのは、話す武器だ。「なんかおかしいねん! 俺、白川さんに魅了されてないか?」『はぁ? 穴織家の血を受け継ぐ者に、魅了術なんか効くわけあるまい』「そ、そうやんな……でもっ」『なにを小娘一人に動揺しておる? 前の学び舎には、もっと綺麗な娘がたくさんいたであろう?』「いや、あいつらは論外やで。急にケンカをふっかけてくるし、俺が勝ったら穴織家の血が優秀やから、俺との子どもが欲しいとか、めっちゃ気持ち悪いこと言ってくるし!」会話の流れでなんとなく穂香は、穴織が前の学校で美少女ハーレム状態だったことを察した。(穴織くん、モテモテだったんだ。でも、相手にしていなかったみたい。それって恋愛に興味がないってことだよね? そんな人とどうしたら恋愛できるの?)穂香の不安をよそに、会話は続いている。『その綺麗どころを片っ端から無視して、顔色一つ変えずに淡々と任務だけをこなし、冷徹機械人形と呼ばれていたお前が、今さら何をあせっておるのだ?』「そ、そうやねん! 今まで他人なんか気にしたことなかったし、今回も潜入のために『普通の学生』を調べて演じてただけやねんけど……。演じているうちに、普通の生活の楽しさに目覚めてしまったというか……」少し間を空けて、穴織の真剣な声が聞こえた。「白川さんと話してたら、俺、本当に普通の人になれたみたいで、なんかめっちゃドキドキする……」『まだまだ青いのぉ。浮かれて気をぬくでないぞ。あの小娘の正体は、まだ分かっていないんじゃからな』「そうやけど……いや、そうやな」穴織の言葉を聞きながら、穂香は『なるほどね』と納得した。(穴織くんは、今まで特殊な環境で生きてきたから『普通』に強く憧れているんだね。だから、ものすごく普通な私に、こんなにも好意的なんだ)よくできた愛され設定だと、穂香は感心する
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ